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知能検査の結果(WISC・田中ビネーなど):IQや数値だけで子どもの能力を判断してはいけない理由

著者:森山 暖(もりやま はる)  

公認心理師 | 総支援歴 23年(発達障がい支援中心)

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こんにちは、心理支援者の森山暖(もりやま はる)です。

知能検査(WISC-5、田中ビネー、K式発達検査など)を受けられた保護者の方から、「IQ85だから、うちの子は能力が劣っているのでしょうか?」「数値を見てもどう理解すればよいか分からない」といったご相談を多くいただきます。

知能検査の結果を正しく理解するために、なぜ数値だけでお子さんを理解することは非常に危険なのか、そして真に支援に活かすために必要な視点について詳しくお話ししたいと思います。


目次

本記事における倫理的配慮について

この記事は各種知能検査の倫理規定を遵守し、正しい知識と安心をお届けできるよう作成しています。

知能検査結果の表記について

  • 教育目的での数値使用: 数値解釈の危険性を理解していただくため、一般的な数値例を教育目的で使用します
  • 架空事例での説明: 実在する個人を特定できないよう、複数の事例を参考に作成した架空のケースを使用します

はじめに:よくある保護者の反応

知能検査の結果をお渡しする際、以下のような反応をされる保護者の方が非常に多くいらっしゃいます

よくある保護者の声

  • 「IQ80だから、この子は勉強ができないということですか?」
  • 「WISC-5の言語理解が85だから、将来言葉を使う仕事には就けないのでしょうか?」
  • 「田中ビネーで95だったけど、平均より下だから心配です」
  • 「K式で発達年齢が実年齢より1歳低いと言われました。遅れているのですか?」
  • 「他の子と比べて劣っているということが数値で分かってしまって辛いです」

このような反応は、とても自然で理解できるものです。数値として示されると、つい「できる・できない」や「良い・悪い」といった二分的な考え方をしてしまいがちです。

しかし、これらの数値中心の解釈は非常に危険で、お子さんの真の姿を見誤る可能性があります。


なぜ数値だけの解釈は危険なのか

心理支援の現場でよく目にするのが、「数値だけを見て一喜一憂してしまう」という保護者の反応です。しかし、これは非常に危険な解釈方法です。

1. 同じ数値でも背景が全く違う

例:WISC-5言語理解指標が同じ「85」の3人のお子さん

Aさん(8歳)
言語理解85
Bさん(8歳)
言語理解85
Cさん(8歳)
言語理解85
語彙は豊富だが抽象的概念の理解が苦手語彙自体が少なく基礎的な言葉の理解も困難緊張すると実力発揮できないが、普段は流暢に話せる
年齢相応の言葉を使うが、きちんと理解できていないことも多いどんな場面でも言葉での表現が困難集団では萎縮するが個別では年齢以上の語彙力
視覚的支援があれば理解できる視覚的支援でも理解が困難リラックスした環境なら同年代以上の理解力
必要な支援:視覚的教材の活用必要な支援基礎的語彙の積み上げ必要な支援自信を持てる環境作り

このように、同じ数値85でも背景や必要な支援が全く異なります。数値だけでは、どのような支援が効果的かは判断できません。

2. 検査による数値の違いとその意味

異なる知能検査で同じお子さんを測定しても、数値が変わることがあります

例:田中ビネーとWISC-5を受けた太郎くん(8歳)

検査名結果検査の特徴
田中ビネー知能検査IQ78太郎くんの苦手分野である言語中心の課題が多い
WISC-5全検査IQ88
(言語理解75、視空間110)
得意・不得意の詳細な分析が可能

田中ビネーのIQ78だけを見ると「境界域」と判断されがちですが、WISC-5では視空間理解が110(平均の上)という優れた能力が明らかになりました。

3. 数値に表れない重要な能力がある

どの知能検査でも測定できない、しかしお子さんの将来にとって非常に重要な能力があります

社会性・人間関係

  • 友達と仲良くできる
  • 思いやりがある
  • 困っている人を助けようとする
  • チームワークを大切にする

創造性・芸術性

  • 独創的な発想ができる
  • 芸術的センスがある
  • 音楽や美術に興味を持つ
  • 新しいアイデアを思いつく

生活力

  • 困難な状況で諦めない
  • 生活に必要なスキルを身につけられる
  • 自分で問題を解決しようとする

身体能力・感受性

  • スポーツが得意
  • 手先が器用
  • 音楽や自然に敏感
  • 他者の気持ちを察することができる

重要なメッセージ

これらの能力はどの知能検査の数値にも表れませんが、お子さんの人生を豊かにし、将来の成功につながる重要な要素です。IQ120の子より、IQ85で思いやりのある子の方が、職場で重宝されることは珍しくありません。

4. 環境やコンディションによって数値が変動する

同じお子さんでも、検査を受ける環境や心身のコンディションによって数値が変動することがあります。

実際の事例:花子ちゃん(9歳)の検査結果の変化

検査時期検査名環境・状況結果備考
小学2年生WISC-5初対面の検査者、病院の検査室全検査IQ82緊張が強く、疲れてもいた
小学3年生
(1年後)
田中ビネー慣れた検査者、学校の相談室IQ96リラックスして取り組めた

同じお子さんでも、環境や心身の状態によって14ポイントもの差が生じました。

支援で重要な視点

このような場合、支援を考える上で大切なのは

支援の基本原則

「コンディションが悪い時の結果」を基準に支援を組み立てます。なぜなら、お子さんが困るのは調子の悪い時だからです。

花子ちゃんの場合

  • 良いコンディション(IQ96)の時は、特別な支援がなくても力を発揮できる
  • 悪いコンディション(IQ82)の時に困らないよう、この状態を想定した支援を準備する
  • 緊張しやすい性格を考慮し、安心できる環境づくりや段階的な課題提示を行う
  • 体調不良時でも理解しやすいよう、視覚的な手がかりやゆっくりとした説明を心がける

なぜ「低い方」を基準にするのか

一見すると「高い方が本当の能力」と思いがちですが、支援の観点では異なります

  1. 日常生活の現実
    お子さんは毎日が最高のコンディションではありません。疲れている時、不安な時、体調が悪い時もあります。
  2. 困りごとへの対応
    お子さんや保護者が困るのは、調子が悪い時にうまくいかない場面です。
  3. 安心できる支援
    「調子が悪い時でも大丈夫」な支援があれば、お子さんは安心して様々な場面に取り組めます。
  4. 自信の育成
    調子が悪い時でも成功体験を積めることで、全体的な自信向上につながります。

環境による変動があることを理解した上で、「どんな状況でもその子らしく力を発揮できる支援」を考えることが大切です。

5. 発達は常に変化している

検査結果は「その時点での」能力を示すもので、お子さんの可能性を限定するものではありません

成長による変化の例:健太くん(WISC-5の経年変化)

年齢全検査IQ変化の要因
6歳78言語発達の遅れが目立つ時期
8歳89適切な支援により言語理解が向上
10歳102自信がつき、全体的な能力が向上

健太くんは6歳時のIQ78から、適切な支援により10歳でIQ102まで向上しました。24ポイントの向上は決して珍しいことではありません。


実際の事例で考える数値解釈の危険性

ケース1:次郎くん(田中ビネーIQ72)の場合

数値だけを見た誤った解釈

「田中ビネーでIQ72だから、この子は知的な遅れがあり、普通学級では難しいだろう。将来も自立は困難かもしれない。」

実際の次郎くんの姿

  • 機械の分解・組み立てが得意で、大人も驚くほどの技術力(視空間の高さ)
  • 動物の世話を責任を持って続けられる(思いやりの心)
  • 友達の相談に親身になって乗る優しさがある(社会性と共感性)
  • 数学の計算は得意で、実生活に必要な計算は問題なくできる(実用的知能)
  • 職人的な作業に集中して取り組める(集中力と持続力)

現在次郎くんは工業高校に進学し、将来は機械関係の仕事を目指しています。IQ72という数値からは想像できない豊かな才能と可能性を持っていたのです。

ケース2:美咲ちゃん(WISC-5全検査IQ128)の場合

数値だけを見た誤った解釈

「WISC-5でIQ128だから、この子は優秀で何でもできるはず。勉強もスポーツも頑張れば必ずできるようになる。」

実際の美咲ちゃんの困りごと

  • 完璧主義で、少しでも間違うとパニックになってしまう
  • 友達関係がうまく築けず、一人でいることが多い
  • 感覚過敏があり、音や光に敏感で集中が困難
  • 運動が苦手で、体育の時間が苦痛
  • プレッシャーに弱く、期待されるほど萎縮してしまう

高いIQにも関わらず、美咲ちゃんは日常生活で多くの困難を抱えています。「IQが高い = 何でもできる」は大きな誤解です。


数値に惑わされない総合的理解の方法

では、知能検査の結果を真に支援に活かすためには、どのような視点が必要でしょうか。

1. 数値は「参考情報の一つ」として捉える

知能検査の数値は、お子さんを理解するための出発点として活用します。

  • 「この分野が得意そうだから、ここを活かした学習方法を考えてみよう」
  • 「この分野が苦手そうだから、どんな支援が効果的か試してみよう」
  • 「数値だけでなく、日常の様子と照らし合わせてみよう」

2. 多面的な観察を重視する

家庭での様子

  • どんなことに興味を示すか
  • どんなときに集中できるか
  • どんな方法で理解しやすいか
  • どんなときに自信を持てるか

学校での様子

  • どの教科で力を発揮するか
  • どんな場面で困るか
  • 友達とどう関わっているか
  • どんな支援が効果的か

3. 複数の検査結果を総合的に判断する

一つの検査結果だけでなく、複数の視点から理解することが重要です

検査名得られる情報重視すべき点
WISC-5認知機能の詳細な分析得意・不得意の詳細なパターン
田中ビネー全体的な知的発達レベル合格した年齢級の上限と下限
K式発達検査認知・言語・運動の総合評価全領域のバランスと発達

4. 環境要因を考慮する

数値に影響を与える環境要因を理解し、お子さんが力を発揮しやすい条件を見つけましょう

  • 物理的環境: 静かさ、明るさ、温度、空間の広さ
  • 人的環境: 検査者との相性、緊張の程度
  • 時間的環境: 体調、疲労度、時間帯
  • 心理的環境: 不安の程度、動機の強さ

検査結果の「正しい」活用方法

1. 仮説として活用する

検査結果は「仮説」として捉え、日常の観察と照らし合わせて検証します。

  • 「WISC-5では処理速度が低めだけど、実際の作業はどうだろう?」
  • 「田中ビネーでは平均的だったけど、得意分野はないだろうか?」
  • 「K式では言語面が課題だったけど、コミュニケーションはどうだろう?」

2. 支援の方向性を考える材料として活用

数値を参考に、具体的な支援を考えます

  • 得意分野を活かす支援: 視空間理解が高い→図や絵を使った学習
  • 苦手分野を補う支援: 言語理解が低め→具体的で分かりやすい説明
  • 環境調整: 集中力に課題→静かで落ち着いた環境の提供

3. 専門機関との連携に活用

検査結果を共通言語として、関係者間で情報を共有します

  • 学校の先生との面談での特性説明
  • 療育機関での支援方針検討
  • 医療機関での診断・治療方針の参考
  • 他の専門職との情報共有

保護者の皆様へのメッセージ

知能検査の数値は、お子さんを理解するための手がかりの一つに過ぎません。決して、お子さんの価値や将来を決定づけるものではありません。

数値に一喜一憂しないために

  1. 数値は参考程度に: IQ80でも125でも、お子様の価値は変わりません
  2. 日常の姿を大切に: 数値より、普段のお子さんの様子を重視してください
  3. 得意なことに注目: 苦手なことより、得意なことや好きなことを見つけましょう
  4. 成長を信じる: 適切な支援があれば、お子さんは必ず成長します
  5. その子らしさを大切に: 他の子と比較せず、その子なりの歩みを応援しましょう

最も大切なこと

お子さんの可能性は数値では測れません。

IQ70の子が素晴らしい芸術家になることもあれば、IQ130の子が人間関係で悩むこともあります。大切なのは、お子様の「その子らしさ」を理解し、それを活かせる環境を整えることです。

検査結果を「レッテル」ではなく、「お子さんの特性を深く理解し、より良い支援を考えるための貴重な情報」として活用していただければと思います。


まとめ

今回は、知能検査の数値解釈の危険性と正しい理解の仕方についてお伝えしました。

重要なポイント

  • 同じ数値でも背景や必要な支援は全く異なる
  • 検査によって数値が変わることがある
  • 数値に表れない重要な能力がたくさんある
  • 環境によって数値が大きく変動する
  • 発達とともに数値は変化し続ける
  • 数値は参考情報の一つとして活用する
  • 日常の観察と合わせて総合的に理解する

知能検査は、お子さんを数値で評価するためのものではありません。お子さんの豊かな個性と無限の可能性を信じて、検査結果を適切に活用していただければと思います。


この記事の内容は、実際の心理支援経験に基づいて作成していますが、お子さんの個別的な特性や支援については、必ず専門機関にご相談ください。

【更新履歴】

2025年10月16日:文章の構成を見直し、内容をより分かりやすく修正。


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この記事を書いた人

専門資格:公認心理師、精神保健福祉士、社会福祉士(いずれも国家資格)
総支援歴:23年(発達障がい児者支援が中心)
専門領域:ASD, ADHD, SLDの臨床心理査定、二次障害の予防、家族支援
実績:総合病院の内の発達障害支援部門や児童専門相談機関等で延べ2,000件超の支援実績。養育里親歴12年。里子・実子の養育経験。

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